モレスキンと、enchantMOON

紙のメモ帳にガリガリ書き込んでいくのが好きで、わりとメモ魔な自分ですが(笑)、当然そうなるとモレスキンが気になるわけで。普段使いはしていないですが、シンプルかつ堅実、使いやすいというイメージのモレスキンには、ある種あこがれみたいなブランドイメージを感じます。

このモレスキンのノートブックを用いた特別展「"A celebration of creativity" 日本大学芸術学部モレスキンノートブック作品巡回展」が、有楽町ロフト内の「Moleskine アトリエ」で開催されており、ふらっと行ってきました。ちなみに着いたのは夜6時半ぐらいですが、有楽町ロフトの平日営業時間は夜9時半までなので、かなり余裕を持って入れます。


今回の展示、公式サイトに詳細があるとおり、創作テーマは「和」。和といっても、日本式という意味の「和」だけでなく、「調和」などの広い意味を指す言葉としての「和」です。日本大学藝術学部の学生の方が作成したもののなかから選考された9作品を、全冊、ページをめくりながら見ることができました。写真撮影はできないため映像としては伝えられないのですが(一部は上記公式サイトで公開されています)、ノートブックがどのように使われているかは、たしかに実際に触って見たほうが、圧倒的に伝わるものがあると思います。

・・1つずつ作品を見ながら考えていたのは、このノートブックというフィールドを、作者の方はどう意識しながらデザインしていったのか、ということでした。立てかけたキャンバスでもなく、大きなノートブックでもなく、描く先は手帳サイズの見開きのノートブック。9作品のあいだの違いは、画材やタッチの違いのみならず、ノートブックの捉え方とアプローチ自体にもはっきりと表れていた気がします。


で、帰り道、今度気になってきたのは、ノートブックとenchantMOONの「違い」ってなんだろう?ということ。つい先日の8月26日、enchantMOONの初の開発者向けのカンファレンスが開催され、将来像というか、可能性の片鱗を見たのが強く影響したみたいです。大きな特徴である、プログラマブルな「シール」や検索、ブラウジングといった機能はまず置いておき、あくまで「スケッチするための道具」と見た場合、enchantMOONは今回のモレスキンのノートブックで絵を描く場合とは何が違うのでしょうか?思いつく点をまず挙げ、そこから拡がる可能性を(今度はシールとかも含めて)考えてみたいと思います。

1. 見開きがないこと

特別展の作品を見ていて強く感じたのは、どの作品も、この「ノートブックを開くと左右の2ページが表れる」という、なかば当たり前の特徴を持つ共通のフィールドで、最大限のストーリーを語ろうとする思考の過程でした。

ある人は見開きの左と右で全く異なる絵を描き、ときにシンメトリーな絵を配したり、ひとつながりの大きな1枚の絵を描く。別の人は、見開きを2回(つまり計4ページ)使い、1つの共通のテーマでイラストを描いてから、その次にはまた見開きを2つ使い別のテーマを語る。

絵を描く、詩を書く、写真を貼るといった手法が異なっていても、「左右」に見える2枚の紙は相変わらず、そのかがみ合わせの位置関係を保ち続けるわけで。さらに言えば、ページをめくり次の見開きに移れば、今度はさっきまで書いていた・見ていた空間と、紙一枚挟んで「表裏」の関係を成すことになる。ひとつの紙面は、前のページとも次のページとも、視覚的・空間的にで固有な関係性を持つことになります。

これに対して、enchantMOONのページ1枚1枚は、その間の位置関係を意識することがほぼありません。画面上部のスワイプ操作により、前に作成したページ・次に作成したページへ移動する(画面を切り替える)ことができるので、感覚的な「となりの」ページとしての関係性だけは感じますが、それにしても、つまるところ描画内容・操作対象が「作成時刻が最も近い」ページに切り替わったというコンテクストに過ぎません。移動する前と後の両者が同時には存在しない(表示されない)。そして、ページ自体を削除すれば、その瞬間に自分の「となりの」ページは、今までとは別のものとなる・・ノートブックの半ば永久的なお隣り関係に比べ、なんと儚いものか(笑)。enchantMOONの世界では、時間軸上の距離・連続性よりも、利用者が自ら張ったページ間のリンクや文字列検索によるジャンプを重視する思想(のはず)なので、ある意味この儚さは必然のものとも言えます。


では、両者の異なる特徴を逆の立場から実現しようとするなら、どんな方法があるか?ちょっとした思考実験です。

まず、ノートブック上で、enchantMOONのように本来隣り合わない(連続しない)ページと関係性を持たせるにはどうすればいいか?・・まずは、ページを破ってみますかね(笑)。あいだに別のページをはさんだ2つのページを近づけるためには、間にあるページを物理的に取っ払うしかない。でも、離れたページが急に同じ見開きで左右に並んだら、なかなか面白い体験になりそう。もしくは、ひもかなんかで、ページとページをつないでしまう。・・いやこれ、数が多くなったらめくれないわ(笑)。

逆に、enchantMOONからノートブックへのアプローチはどうか。シールの開発や機能拡張により、複数ページを同時に表示し見開きページを実現することは将来可能かもしれません。表示させるページを選択・配置するUIも一緒に開発したうえで。こういった表示の配置とかに代表される、ページとページの関係性を拡張する・可視化する方向の進化は、個人的にはありかと(あくまでページ間の関係はとする方向性であれば相反してしまいますが)。

2. 「めくらない」こと

ノートブックの紙をめくると、今見ていたページは変形し、ひっくり返って見えなくなり、さらに隣のページを隠していく。同時に、裏にあったページが姿を現し、今まで見ていたページを上書いていく。enchantMOONは、画面上でスワイプ操作をすると、今見ていたページは画面の端にスッと流れていき、代わりに別のページが横から入ってくる。

・・なにも、「enchantMOONで、ノートブックの紙をぺらっとめくるようなアニメーションをさせよう」と言いたいわけじゃないんです(あってもいいと思うけど)。そうじゃなくて、「ページ遷移」という共通項に表れる両者の違いって、いろんなことのヒントになるんじゃないの?という、単なる直感です。

シンプルに連続するフィールドをスライドさせるアニメーションと、紙のメタファの延長線上にある「めくる」というアニメーション。両者のあいだや、その外側に広がる「めくり」のバリエーションは無限にあるはずです。別のページ遷移のしかたをすれば、それだけで新しい世界観が生まれるのかもしれない。また、あるページの表示とページ遷移、この連続をストーリーと捉えるなら、enchantMOON上で時間をコントロールする機能をつけるだけで、プレゼンテーションツールや簡単なアニメーション表示ツールになるかもしれません。大げさに言えば、これって、ノートブックにカンタンに時間軸を加える機能なわけで。時間を絡めた機能の実現は、enchantMOON拡張のひとつの大きな方向性かな、と思います。

3. 厚みを持たないこと

これこそ、何を当たり前のことを・・と言われそうですが(笑)。でも、今回の9つの作品のうち、「紙には厚みがある」という当たり前のことを強烈に意識させてくれた作品がありました。すでにそこには余白としての紙は存在せず、ノートブックのもともとの厚みの中に、紙の歯車のパーツが立体的に配置され、まるで時計の中のような小宇宙感が再現されていたのでした。

enchantMOONへの「紙の厚み」感の付与って、ありえるんだろうか・・?実は、いくつかアプローチがある気がします。例えば、現状では真っ黒のフィールドに、ザラザラの紙やしわくちゃの紙のテクスチャを加えることができたら?いや、そもそもenchantMOONでわざわざ紙に限定する必要はないわけで、レンガやタイル、木目といったテクスチャがあっても楽しそうですよね。(「紙の代替物」としてのメタファを崩せる。)ついでに、実際にデコボコしたものに書くときの「引っかかり」も再現したりしてね。ほら、段差があると鉛筆が引っかかって、そこだけ濃くなったりするじゃないですか。これが再現できると、リアル度がかなり上がりそうな予感がします。

また、現状のAPIでは相当難しそうですが、描いたデータを3次元的に動かせる仕組みがあると面白そう。テクスチャデータとしてクルクル回せるのもいいけど、なんかこう・・もっと楽しいことができる気が。もし将来のenchantMOONの弟分に加速度センサーとかつけば、「厚み」や立体感を表現するやり方はずっと広がる気も。



思いつくまま、つらつらと書いてしまいました。
今週、この特別展とenchantMOONの開発者向けカンファレンスがほぼ重なっていたのは、やっぱり幸運だったな・・と思います。「ものを書く・スケッチする」という共通項を持ちながら、歴史も性格もまったく異なるツールがあって、その先駆的な使い方や機能を見られたことは、そりゃ、刺激にならないわけがない(笑)。ひらめきは瞬間的に出てくるのですが、実現のために、少しずつ取り組んでいきたいと思います。